動物園は「何をしたか」より「どう評価したか」を問われる時代へ

にっぽんの動物園

現在の動物園には、評価と分析が欠かせない

動物の放飼場に、新しいおもちゃを入れました。
餌を見つけにくい場所へ隠しました。
高い場所へ登れる台も作りました。

これらは、いずれも環境エンリッチメントの手法になり得ます。しかし、何かを設置しただけで「成功した」と言えるのでしょうか。

特定の個体が独占してしまったかもしれません。普段より活発に動いているように見えても、実は落ち着かず、逃げようとしていただけの可能性もあります。

現在のエンリッチメントに必要なのは、新しいアイデアだけではありません。

その取り組みが、本当に動物の暮らしを良くしたのか。実施後の変化を記録し、分析し、必要に応じて方法を変えるところまでが、エンリッチメントなのです。

かつて評価された「新しさ」

日本で環境エンリッチメントが広がり始めた頃は、新しい施設や展示、飼育担当者による独創的な工夫そのものに大きな価値がありました。

動物が頭上を移動する展示、立体的な空間を使える施設、野生に近い採食行動を引き出す給餌方法などは、それまでの飼育展示の常識を変えるものでした。

まず実践例を増やし、「動物の行動や暮らしに合わせて環境を変える」という考え方を普及させる必要があった時代です。

しかし、エンリッチメントが飼育管理の一部として浸透した現在、単に「新しいことをした」というだけでは、その価値を判断できなくなりました。

市民Zooネットワークのエンリッチメント大賞でも、2017年には、目標設定や記録、効果判定を含む科学的な取り組みが強く評価されました。2019年の講評では、工夫の新規性よりも、飼育個体の福祉向上にどれだけ寄与したかを重視する姿勢が示されています。

市民ZOOネットワーク
私たち市民ZOOネットワークは、「動物園を通して人と動物の関係を考える」をテーマとして、2001年より本格的に活動を開始…

エンリッチメントには時間と費用がかかる

採食エンリッチメントは、一見すると簡単に見えます。

餌を隠す、吊るす、ばらまく。市販の遊具を買わなくても、段ボールや木材、消防ホースなどを利用できることもあります。

しかし、実際の作業は設置だけでは終わりません。

安全な素材を選び、個体に合わせて加工し、使用後は回収して洗浄します。餌を使う場合は、一日の栄養量に含めなければなりません。複数飼育では、力の強い個体が餌を独占しないかも確認する必要があります。

さらに効果を確かめるなら、実施前後の行動を観察し、記録し、データを整理する時間も必要です。

エンリッチメントは理論的には飼育の中核であるべきと考えられている一方、人員、時間、情報、組織の支援などの障壁によって、実務上は「余裕があるときに行うもの」のように扱われる場合があるのです。

担当者に熱意があっても、通常の給餌、清掃、健康管理、来園者対応などで一日が終われば、分析まで手が回らないことがあります。

エンリッチメントの評価不足は、単純に飼育担当者の意識が低いからとは限りません。多くの場合、人員配置や業務時間、記録制度など、組織全体の問題も根強く残っています。

善意の工夫にもリスクがある

エンリッチメントは動物のために行われますが、善意がそのまま良い結果を保証するわけではありません。

ロープには、体や角、脚が絡まる危険があります。壊れた遊具の一部を飲み込む可能性もあります。枝や台を設置すれば、落下や衝突が起こるかもしれません。

新しい物を警戒する個体もいます。餌を複雑な方法で与えた結果、十分に食べられなくなる可能性もあります。複数の動物が暮らす場所では、魅力的な餌や遊具が争いの原因になることも考えられます。

設備やエンリッチメントを設置する前に、けがや事故につながる危険を検討する必要があります。また、混合飼育についても、導入前の評価だけでなく、導入後は継続的に観察するべきです。

だからといって、危険を恐れて何もしないことが正解ではありません。

必要なのは、「エンリッチメントだから安全」「動物のためだから良い」と決めつけることなく、万が一トラブルが起きた場合にすぐ中止・修正できる準備をしておくことだと言えます。

動物が使わなければ失敗なのか

飼育担当者が時間をかけて作ったフィーダーを、動物がまったく使わないこともあります。

このような場合、つい「失敗だった」と考えたくなります。

しかし、動物が使わなかったという結果にも意味があります。

難しすぎて餌を取り出せなかったのかもしれません。置き場所が落ち着かない場所だった可能性もあります。別の個体が近くにいるため、近づけなかったとも考えられます。単にその日の気分や空腹の程度が影響したのかもしれません。

一方で、動物には「使わない」という選択も認められるべきです。

すべての個体が同じ遊具を好み、期待した通りに行動する必要はありません。人間が見たい反応を動物に求めすぎれば、エンリッチメントがハラスメントになってしまいます。

大切なのは、使用回数だけを数えるのではなく、なぜ使ったのか、なぜ使わなかったのかを考えることです。

SPIDERモデルで試行錯誤を循環させる

エンリッチメントを計画的に進める考え方の一つに、「SPIDERモデル」があります。

SPIDERは、次の六つの段階の頭文字です。

Setting Goals――目標を設定する
Planning――方法を計画する
Implementing――実施する
Documenting――記録する
Evaluating――評価する
Readjusting――見直す

例えば、「ライオンにボールを与える」というだけでは、目標がはっきりしていません。

「採食以外の探索行動を増やす」「放飼場の利用範囲を広げる」「常同行動が見られる時間帯に、別の行動を選べるようにする」など、最初に目標を具体化します。

次に、実施前の行動を記録します。導入後には、対象となる行動が増えたか、望ましくない変化がなかったかを比べます。効果がなければ、物の種類、置き場所、実施時間、頻度などを見直します。

SPIDERモデルの重要な点は、成功を証明することだけではありません。効果がなかったことや、予想外の問題が起きたことも記録し、次の改善につなげることに意味があります。

何を測れば「効果」が分かるのか

動物福祉は、単一の数値だけで判断できません。

活動時間が増えたことが、必ずしも良いとは限りません。休息を必要とする動物を動かし続ければ、かえって負担になります。常同行動が減ったとしても、別の異常行動へ変わっただけかもしれません。

そのため、複数の視点を組み合わせて考える必要があります。

行動の種類や頻度、放飼場の利用場所、個体同士の関係、食欲、けがや体重の変化、動物が近づくか避けるかなどを、目的に応じて観察します。必要であれば、獣医師や研究者と協力して、生理的な指標も調べます。

ただし、すべての動物園が高度な機器や専門研究者を用意できるわけではありません。

短時間の観察や簡単な記録表であっても、目標と方法が決まっており、同じ条件で繰り返し記録できれば、改善の手掛かりになります。完璧な研究を待って何もしないのではなく、現場で続けられる評価方法を作ることが重要です。

まとめ

記録や分析という言葉を聞くと、現場の仕事を増やす面倒な作業に感じるかもしれません。

しかし、評価は飼育担当者を縛るためのものではありません。

効果がある取り組みを継続し、効果が薄いものに費やしていた時間を減らすことができます。事故や健康への悪影響を早く発見し、担当者が交代しても、それまでの経験を引き継げます。

成功だけでなく、失敗を共有できれば、別の動物園が同じ問題を繰り返さずに済みます。

「動物のためになったはず」で終わらず、「実際に動物の暮らしはどう変わったのか」と問い続けること。それが、これからの動物園に求められるエンリッチメントなのです。

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