環境エンリッチメント大賞の受賞傾向から考える
2023年、2024年、そして2025年。
市民Zooネットワークが主催する「環境エンリッチメント大賞」は、3年連続で「大賞なし」という結果になりました。
この結果だけを見ると、「日本の動物園はエンリッチメントへの取り組みが停滞してしまったのではないか」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、本当にそうなのでしょうか。私はむしろ、逆ではないかと考えています。
大賞が出なかったのは、優れたエンリッチメントがなくなったからではありません。かつて「画期的」と評価された取り組みが、日本の動物園にとって当たり前のものになったからではないでしょうか。
かつては「展示そのもの」が革新的だった
環境エンリッチメント大賞が始まった2002年前後、日本の動物園は大きな転換期を迎えていました。
高い塔を自由に移動するオランウータン。
水中を飛ぶように泳ぐペンギン。
頭上を駆け抜けるサルたち。
こうした展示は、それまでの日本の動物園ではほとんど見られなかったものでした。
来園者は動物本来の行動に驚き、飼育担当者は「動物が能力を発揮できる環境」を試行錯誤しながら作り上げていきました。
現在では数多くの施設で見られるようになった行動展示も、当時はまさに時代を変える取り組みだったのです。
環境エンリッチメント大賞でも、この時代には空間利用や運動能力を引き出す展示、採食行動を促す工夫などが高く評価されていました。
「すごい工夫」は日常になった
ところが20年以上が経過した現在、多くの動物園ではこうした取り組みが珍しいものではなくなっています。
採食エンリッチメントを行う。
高い場所を利用できる構造を設ける。
動物が身を隠せる場所を用意する。
複数の過ごし方を動物たち自ら選べるようにする。
こうした工夫は、全国の動物園で広く実践されるようになりました。
もちろん園によって規模や完成度には違いがあります。しかし、「何もしない展示」のほうがむしろ少数派になりつつあります。
2002年に受賞していた内容の中には、現在では多くの園館で日常的に行われているものも少なくありません。
これは、日本の動物園が20年以上をかけて積み重ねてきた成果と言えるでしょう。
エンリッチメントは「退屈させないこと」ではない
ここで改めて考えたいのが、環境エンリッチメントとは何かという点です。
一般には、「退屈しないように遊具を入れること」「おもちゃを与えること」と理解されることがあります。
もちろん、それも一つの手段です。しかし、本質はそこではありません。
現在のアニマルウェルフェアで重視されているのは、「動物に選択肢があり、正常な行動を表現できること」です。
今日は日向で休むか、日陰に入るか。
高い場所に登るか、地面で過ごすか。
仲間と一緒にいるか、一頭で静かに過ごすか。
こうした選択を動物自身が行えることが、豊かな生活につながると考えられています。
つまり、エンリッチメントの目的は「退屈をなくすこと」ではなく、「動物が自ら環境を選び、主体的に生活できる状態をつくること」なのです。
「何をしたか」から「どう変わったか」へ
近年の環境エンリッチメント大賞の講評を読むと、もう一つ大きな変化が見えてきます。
それは、「面白いアイデア」だけでは評価されなくなったことです。
「新しい遊具を作った」「新しい給餌方法を考えた」だけでは十分ではありません。
そうした工夫の結果、動物はどう変わったのか?
本当に行動の選択肢は増えたのか?
生活の質は向上したのか?
近年は、そのような検証や評価まで含めて問われるようになっています。
大賞が出ないことは、停滞ではない
3年連続で大賞なしという結果だけを見ると、少し寂しい印象を受けるかもしれません。
しかし、その背景には別の見方もできます。
エンリッチメントが、一部の先進的な動物園だけが取り組む特別な活動ではなくなったこと。
そして、「工夫をした」という事実ではなく、「動物にどのような価値をもたらしたか」が問われる時代になったこと。
環境エンリッチメントは本来、各動物園が「すごい工夫」を競いあうものではありません。
動物が、自ら選び、自ら行動し、自らの生活を形づくることができる環境をつくることが重要なのです。
こう考えると、「大賞なし」という結果は、日本の動物園が停滞している証拠ではなく、エンリッチメントが飼育管理の前提条件として定着したことを示す、一つの成熟のサインなのかもしれません。
まとめ
エンリッチメントは、もはや「珍しい工夫」を生み出す時代ではなくなりました。では、現代の動物園では何が評価され、どのような活動がみられるようになっているのでしょうか。
次回は、「何をしたか」ではなく「どう評価したか」が問われる時代について考えます。


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