はじめに
2026年2月によこはま動物園ズーラシアでオスのホッキョクグマ「ゴーゴ」が急死した。他園への移動直前に麻酔下で死亡したことは、多くの動物園ファンの間で話題となり、ズーラシアへの誹謗中傷も相次いだ。
ZoologyLoreでは、このニュースを出発点として、「動物園での繁殖」をテーマとする全4回の特集を組むことにした。
前回は、動物園事故がどのように倫理的議論へと発展するのかを整理しつつ、私たち来園者自身もまた動物園という制度の当事者である可能性を指摘した。
シリーズ第2回となる今回は、より根本的な問題である
「そもそも、なぜ動物園は動物を繁殖させ続けているのだろうか。」
という問いを考えてみたい。
野生動物を捕まえるわけではない
今日の動物園は、多くの場合、野生動物を直接捕獲するのではなく、飼育下で動物を繁殖させながら個体群を維持している。希少動物の野生個体を減らさず、動物を貸し借りして、遺伝的多様性を保ちながら個体数を維持することは、動物園が存続する上で重要な任務である。
20世紀後半以降、野生動物の国際取引規制や保全意識の高まりにより、野生からの捕獲は大幅に制限されるようになった。絶滅危惧種であればなおさら、新規導入は極めて困難である。
この結果、動物園には既に飼育している個体から次世代を生み出す必要が生じた。言い換えれば、現代の動物園における繁殖とは、施設そのものを存続させるための前提条件となった。
ブリーディングローン
しかし、一つの動物園だけで健全な繁殖を続けることはできない。限られた個体数の中で繁殖を繰り返せば、近親交配による遺伝的問題が避けられないからである。
そこで発展してきたのが、動物園同士が個体を貸し借りする「ブリーディングローン」という仕組みである。
ブリーディングローンとは、飼育個体群を(時に国際的に)共同管理して繫殖させるために行われる、動物園間の動物の貸し借りのことである。ある個体がブリーディングローンによって別の園へ移動するのは、その園の所有物になるためではなく、遺伝的多様性を維持する計画の一環としてである。(むろん、ブリーディングローンではなく寄贈・購入の場合には、所有権が移転することは言うまでもない。)
死亡したホッキョクグマのゴーゴは2021年、大阪市の天王寺動物園からブリーディングローンでズーラシアへ移動してきた。ズーラシアで繁殖に成功したため、新たな繁殖実現のために、再びブリーディングローンでとくしま動物園に移動する予定だった。
動物園の繁殖の難しさ
現代の動物園では、繁殖は偶然に任されているわけではない。血統情報、出生記録、繁殖履歴などが詳細に管理され、どの個体同士を繁殖させるべきかが計画的に検討される。
ここでは個体それぞれというより、個体群が管理対象となる。将来的に遺伝的多様性を維持するためには、特定の血統に偏らない繁殖が不可欠だからだ。
野生動物の繁殖は本来、個体の生理現象、社会構造、環境条件などといった多くの要因に左右される。動物園はそうした自然のプロセスを完全に再現できるわけではなく、動物が思った通りに繁殖に成功するとは限らない。
一方で、増やしすぎれば今度はスペースや予算などのリソースの限界といった問題が生じる。遺伝的多様性を保つために、繁殖に成功しやすい個体がいたとしても、その個体の子どもだらけにするわけにはいかないという事情もある。
このように、動物園の繁殖とは「自然の営み」と「人為的管理」のあいだに位置する行為なのである。
繁殖は展示のためか?それとも・・・・・・
動物園そのものを存続させるために、繁殖はたとえ難しくても成功させなければいけない使命であるとわかったところで、考えてみたい。
「動物園は展示動物の個体の確保だけのために、繁殖に挑んでいるのだろうか。」
答えは、もちろん否である。
前回も述べたように、動物園は今日まで、時にレクリエーションの場として、時に学習の場として、時に環境保全のアクターとして、社会から存続することを要請されてきた。
「動物園の主たる役割が何か」という議論は別に譲るとして、以下のように、動物園のいくつかの役割にわけて整理してみる。
- レクリエーションの場:動物園は、可愛い赤ちゃんを展示し、来園者を喜ばせる。(来園者が赤ちゃんを見たいと思っていることを理解し、公開日時を広報したり、バックヤードでの愛らしい姿をSNSにアップしたりする。)
- 学習の場:動物園は、赤ちゃんの展示を通じて、親と赤ちゃんの見た目の違い、人間の親子関係との違い、希少動物の繁殖の大切さなど、さまざまな教育普及活動を行う。
- 環境保全のアクター:動物園は、希少種を繁殖させ、繁殖のノウハウを蓄積したり、個体数を増やして野生に返したりしている。(これはしばしば来園者単位には認識されにくいこともあるが、社会からの要請は大きく、環境省も動物園との連携を強化している。詳しくは、下の記事をご覧ください。)
以上の内容を、誤解を恐れずにまとめるならば、動物園は社会的要請の結果として動物を繁殖させていると言えるだろう。
シリーズ前半のまとめ
本シリーズの前半を終えるにあたって、前半のまとめと後半の展望を試みる。
第1回では、ホッキョクグマ「ゴーゴ」の死に際して、一部のファンが過激な言葉でズーラシアを誹謗中傷したことを受け、「動物園はゴーゴの死を無駄にしないために今できることを行い、来園者はそれをサポートするべきである。両者の間に緊張関係が生まれ、そのせいでゴーゴの死から得られる教訓が減じられることがあってはならない。」とまとめた。
第2回(今回)では、「そもそも、なぜ動物園は動物を繁殖させ続けているのだろうか。」という問いを考えてきた。その結果、動物園は社会から期待される役割に応じつつ、自らを存続させていくために、動物を繁殖させているという考察ができた。
以上の内容を踏まえて、第3回と第4回では、より考えることが難しいテーマについて考えていく。
第3回では、個体の幸福を最大化しようとする試みと、種を維持するための繁殖管理は両立しうるのかという問題を扱う。動物園間の動物の移動はゴーゴの死で明らかなように命の危険や移動のストレスをもたらす恐れがある。一方で、遺伝的多様性を保つには、そうしたリスクを負ってでも動物を移動させるしかない。動物福祉の向上と種の保存との両立は、実は動物園にとって難しいテーマである。
第4回では、動物園の存在意義を考える。動物園不要論は昨今、欧米で徐々に見られるようになっている。もちろん当ブログは動物園が無くなるべきだとは考えていないが、「なぜ必要なのか?」と問われると、改めて考えるべきポイントはいくつもある。



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